福島原発事故4号機

<福島原発事故4号機>

 4号機のことを考えると、わからないことが多いことに気づく。  そもそも4号機は定期検査中(2010年11月30日〜2011年9月24)であり、原子炉内にあるべき核燃料体、その他構造物は使用済み燃料プール(SFP)とドライ・セパレート・ピット(機器仮置きプール=DSP)にそれぞれ分類され、保管されているはずである。ただ、原子炉内のシュラウド(注)という大きな構造物は[信じられない不手際]で切断できずに内部にとどまっていた事になっている。そのため、いわば工事が一時中断された状態で、地震と津波の被害を受けることになった。このことが、考えられない『奇跡の1つ』になるのである。それは『DSPと原子炉の上部にあるプール、いわゆる原子炉ウェルに水を張った状態』であったことである。定期検査中は普通この水は、あるはずのない水である。もう『一つの奇跡』はこの水が地震の影響で燃料プールのほうに流れ込むように、都合よく構造破壊したことである。燃料プール下部に亀裂が入るような破壊、または燃料プール破壊という事態であれば、たぶん日本の終焉であった。とはいえ、その恐ろしい事態は避けられたが、4号機は今日に至るも、日本国民の大多数に不安を与え続けている。(なかには不安をまったく感じていない人々も存在するみたいだが)  それは、4号機の爆発(爆発という表現が正しいかどうかわからないが、とりあえずこの言葉を使う)という状況にいたって、その対応にあたらなければならなくなった。東京電力、日本政府、自衛隊、米軍の、この4号機に対する行動(事故収束活動)を見てみよう。

(注)2011年6月20日現在の図(1F4原子炉ウェル及び機器仮置きプールへの注水について=東京電力株式会社)には、シュラウドが機器仮置きプールに置かれている。これが正しいとすれば、「検査の手順から考えて」原子炉ウェルと圧力容器の水は排出されていて『空っぽ』状態であったことになる。問題は複雑化する。

写真

 東京電力 松本純一本部長代理2011年4月6日発言(2012年3月8日付 朝日新聞)

4号機についての説明を次のように述べている。 「2010年12月3日作業開始。299日間の予定。1978年営業運転開始後初めてシュラウドを交換することになった。シュラウド交換時に切断治具に寸法違いの不具合があり、3月11日の時点で終了しなかった。この工期の遅れによって『原子炉ウェルに水が張られた』状況であった。  シュラウド交換はウェルを経由して炉外の機器仮置きプール(DSP)に取り出す作業で、すべて水中で進められた。実際は、切断工具を案内・制御するに必要な字具の寸法が(原子炉)圧力容器のサイズに合わず、3月11日現在シュラウド取出しは終わっていなかった。『工期が遅れたことによって、ウェルに水が張られた状態であった』」  さらに、記事は

原子炉(圧力容器?)ふたを開け、ウェルに水を満たした。機器仮置きプール(DSP)もウェルとの仕切りを取り外した状態で、同時に水を張った。

燃料プールの隣にあるウェルという縦穴にあった水が仕切り隙間を通ってプールに流れ込んで、燃料が無事であった。東電・政府の調べでわかった。

(1) 燃料プール水温は、流れ込みがないと15℃/日で水温が上昇する。(筆者追記 3月14日4時8分のプール温度は84℃。燃料の上端まで水位が低下する(燃料体が露出する)のは3月下旬と予想していた。)

(2) 通常はウェルには水は張っていない。

(3) 3月3日に機器仮置きプールとウェルの間に仕切りを入れ、3月7日までにウェルと圧力容器の水を抜き完了。ウェル経由で炉内に作業員が入り新しいシュラウドを取るつける予定であった。  「核燃料」が何らかの事情で気中に露出し高温になり、水素ガスが発生し、爆発したという見方。

3号機と4号機の使用済み燃料プール水の、セシウム134、セシウム137(半減期30年)、よう素131の濃度

<表1> 3号機核燃料プール水分析表
検出核種 半減期 5/8採取分 7/7採取分 8/19採取分 事故前(3/2) 地下たまり水
セシウム134 約2年 1.40E+05 9.40E+04 7.40E+04 検出限界以下 1.60E+06
セシウム137 約30年 1.50E+05 1.10E+05 8.70E+04 検出限界以下 1.60E+06
ヨウ素131 約8日 1.50E+04 検出限界以下 検出限界以下 検出限界以下 6.60E+05
7/7,8/19はスキマーサージタンク水
<表2> 4号機核燃料プール水分析表
検出核種 半減期 4/12採取分 5/7採取分 8/20採取分 事故前(3/4) 地下たまり水
セシウム134 約2年 88 56 44 検出限界以下 31
セシウム137 約30年 93 67 61 0.13 32
ヨウ素131 約8日 220 16 検出限界以下 検出限界以下 360
    8/20はスキマーサージタンク水      
検査水採取年2011年 濃度Bq/cm3
出典 「東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故の技術的知見について」
原子力安全・保安院(平成24年3月)

測定検体はそれぞれコンクリート・ポンプ車を使用して燃料プール水を採取したもの。3号機は5月8日、4号機は5月7日採取された。  タービン建屋地下水濃度についても、3号機はプール水より一桁高い数値である。4号機はよう素が360に増加しているが、他は約2分の一の数値を示している。  この数値を見る限りでは、今回の原発事故における4号機燃料プールでは、何も起こらなかったことになる。

東北大学病院線量モニタリングデータ
(東北大学による東日本大震災1年後報告=平成24年3月11日より) (福島第一原発<--->東北大学病院「仙台市」 約100Km)  このデータによると3月11日〜14日にかけて2つのピークがある。1号機と3号機の爆発によるものである。検出核種はキセノン。  3月15日17時に上記データの半分位のレベルピークが生じている。検出核種はセシウム。その後は緩やかな減衰曲線を描いている。

福島市の放射線量(読売新聞2011年3月17日 朝刊より)
 福島県は、福島第一原発から約50キロ離れた福島市の県北保険福祉事務所に設置された放射線監視装置で16日午後8時、1時間当たり16.40μSvの放射線量を確認したと発表した。  通常時の約410倍で、15日夕以降、500倍前後の高い数値が続いている。  県によると、同原発2号機の爆発があった15日の午後4時になって急激に増え始め、午後5時には500倍の毎時20μSvを超え、午後7時に最大の23.88μSv/hとなった。  

 上記仙台市と福島市のデータから考えて、15日17時以降は特別な現象は起きていないと考えてもいいだろう。  ということは、4号機屋根がなくなって骨組みだけになった、3月16日9時30分(このときデジタルグローブ社の衛星が写真撮影していて、屋根は残っている)から16時ごろ(東京電力によるヘリコプターから撮影した写真には、屋根は骨組みのみになっている)には、何もなかったことになる。何も起こらなかったにもかかわらず、4号機屋根のコンクリートが”蒸発”している。  ただ、ここで注意しなければならないことは、15日には4号機の”爆発”があったが2号機の爆発もあり、4号機の影響がまったくないとしても、放射性物質の放出は、あったことになる。2号機の問題についても、4号機同様不可解な点がある。

2号機については、  2012年3月26日 ニューズウイーク 「冷泉彰彦氏」 「福島第1原発事故から1年を過ぎても解けない「2つ」の謎」で『ディスカバリーチャンネル特番』について触れている。そこには  2号機のベントはフィルターなしのベントであったとシナリオを描くことができる。2号機には”海に向けて”建屋内の気体を排出する[ブローアウトパネル]という自動開閉式パネルがある。このパネルが開放されている映像があり、『決死隊が手動でこのパネルを開けた』というナレーションがついていた。安全・保安院の発表している写真でも「パネル開放」は確認できる。(但し、日本側説明は損傷して開いたということになっている。)  また、冷泉氏は4号機について次のように書いている。  冷却水が止まり燃料棒のジルコニウムの皮膜から水素発生->爆発。東電は「棒は写真を見ると損傷していない」「プール空炊き説否定」。東京消防庁、自衛隊の給水作戦は3号機と並んで4号機プールを冷やすためであったので、この行動はなんだったのか?

(参考)アメリカNRCは2012年3月10日福島第一の1〜3号機の同型炉に対して、フィルターでの浄化機能を伴うベント機能の徹底を命令している。

4号機爆発は3号機の水素ガス説  まず初めに各事故調査委員会の報告を見ておこう。

[国会事故調]  結局、当該(4号機)使用済み燃料プールには十分な水が満たされていることが確認され、推論に基づいた議論は決着している。---  その説明としては、使用済み燃料プールゲートの構造的な特長により、当時満水状態だった原子炉キャビティ及びそれと連絡する機器貯蔵ピットからの水が、蒸発によって水位が低下した使用済み燃料プールへと流れ込んだためと説明されている。---実際に原子炉キャビティと機器貯蔵ピットの水位が低下している事実とも符合している。

[政府事故調]  4号機SFPについては、その水温が同月14日4時ごろに84度と計測され、4号機R/B(原子炉建屋)爆発当時、いまだ燃料が露出しない程度に水位が確保されていたと考えられるので、炉心損傷に伴いジルコニウムー水反応によって水素が大量に発生したとは考え難い。

[独立検証委]  ---使用済み燃料プールが枯渇して、燃料損傷を生じ、水素を発生したのではないかとも考えられていた。  使用済み燃料プールの状況については、多くの専門家が懸念していた。米国原子力規制委員会(NRC)のヤツコ委員長は、連邦議会にて、4号機の使用済み燃料プールが枯渇しているとの見解を証言していた。  4号機の使用済み燃料が露出しなかった理由は、プール側の水の蒸発による水位の低下に伴い、ゲートを介してウェル側の水がプールへと流れ込んだためだと推定されている。  三者とも、4号機での水素発生には否定している。

[原発作業員 ハッピー氏のつぶやき]

 <ハッピー氏の4号機爆発の見方>2011年5月10日

 あの爆発力から見るとやっぱり水素だと思うなぁ.予測として3号機と4号機は1ユニットだからHVCAダクト(*1)を通じて3号機の水素が4号オペフロに充満したんじゃないかなぁ。

 4号機の4階のMGセット(*2)の油は定検で搬出してたし溶接のアルゴンはあれほどの爆発する量はなかったし。燃料は確かに破損してないのは確認したけど、オペフロには可燃性ガスは1本もなかった。窒素ボンベは4本あったけど・・・。やっぱり3号機の水素が充満したと思うなぁ。

(*1) HVCAダクトとは、ベント用排気管か?

(*2) MGセットとは、再循環MGセット発電機のこと。原子炉再循環ポンプ(*3)に電源を供給する装置。

(*3) 原子炉再循環ポンプとは、制御棒ではできない原子炉の出力を細かく調整するため炉内水量を調整する装置。

4号機ではなぜ水素爆発が発生したか 4号機の事故について(東京電力ホームページ)  

地震発生時、4号機は定期検査中で、運転を停止しており、原子炉の燃料はすべて使用済燃料プールに取り出されていました。津波による全電源喪失(著者=この記述には問題がある)で、使用済燃料プールの除熱機能も注水機能も失われ蒸発による使用済燃料プールの水位低下が懸念されていました。3月14日午前4時8分の段階で、使用済プールの水温は84度であることを確認し『燃料上端まで水位が低下するのは3月下旬』と予想していました。またこれは自らが提出している「東電4号機プール評価結果」(注)と矛盾するものである。  このため、対応にはある程度の時間的余裕があると確認していましたが、3月15日午前6時14分ごろ、4号機の原子炉建屋で水素爆発が起こりました。この原因は3号機の格納容器ベントに伴い、水素を含むベントガスが排気管を通じて4号機に流入したためと推定しています。

<上記解説のうそを暴く>

東京電力が2011年5月26日付で米国エネルギー省(DOC)に提供したデータ「POOL LEVEL FOR VARIOUS SCENARIOS FOR UNIT 4」(*)によれば、Full poolの状態で11日弱の時間で核燃料体の上部が空気中に露出することを示している。地震でプール水は波打って減少しているはずであるから、10日間は保持できないはずである。それを知りながら、なぜ3月下旬と15日間も安全であるように見せかけるのか。東電は、国民は原発のことなど何も知らない(知識がない)と、舌を出しながら勝手な情報を流して国民を愚弄しているとしか考えられない。これでは東電の発表することをどこまで信用していいのかわからず、原発事故を研究している多くの人々を路頭に迷わすだけである。

(*)原子力資料情報室 福島第一・第二原子力発電所の核燃料の保管状況について(2013年3月15日)による。(注)東電4号機プール評価を『評価』するの項を参照。

(参考)
3号機ベント   13日 09:20
3号機再ベント  14日 05:20
3号機水素爆発 14日 11:02
4号機爆発    15日 06:14
この時間表から計算すると、3号機再ベントから、4号機爆発までは25時間、3号機水素爆発からは20時間、この時間をどう解釈すればいいのかわからない。

4号機 事故経過時間表

3月15日

00:02 2号機ベント

06:10 2号機爆発音(原子力・安全保安院)

06:14 4号機音がして一部破損

06:56 4号機建屋の上部が破損

09:38 4号機燃料プール付近で火災発生

この事態に対して、

10:01 経済産業省 消火を米軍に依頼

10:59 福島第一原発オフサイトセンタに対し、避難命令を発出。(第二原発、県庁へ分散避難)

11:01 菅首相 半径20〜30Km圏内(13万6千人)屋内退避を求める。

12:07 東京電力 4号機の消火活動に、米軍が当たっていると発表。

12:07 東京電力 4号機の消火活動に米軍が当たっていると発表。(朝日新聞)

12:38 東京電力 自衛隊と米軍に消火活動を要請。

13:13 経済産業大臣 東電に対し、原子炉等規制法により福島第一原発4号機の燃料プールの消火に努めるよう要請。(再臨界の防止に努めること)

13:15 東京電力 4号機の消火活動に米軍が当たっていると発表。(読売新聞)

この動きを見ると、4号機の危機的状況になんとしても対処しなければならないということがわかる。しかし、事故当時のメディアの報道では4号機の状態が大きく取り上げられた形跡はない。なぜなのか一つの大きな謎である。  また、以上のようなあわただしい動きを見せたが、特に進展があったとは思われない。翌16日早朝に、経済産業省の西山英彦審議官談話として、『(4号機燃料プールは)確実に沸騰している』と朝日新聞は伝えた。

3月16日

 4号機は再び火災発生。

05:45 建屋火災(2度目)

09:35 屋根、痛みは見えるが骨組み状態にはなっていない。「デジタルグローブ社写真」(読売新聞17日付朝刊写真より)

9時35分から午後(16:32?)

この時間内に4号機屋根は崩落したことになる。

15:22(16:32?) 東京電力 自衛隊に対し核分裂反応を抑制するホウ酸の粉末を4号機上部から、建屋内にある核燃料棒の貯蔵プール入れることを要請。4号機の建屋上部には亀裂はあるが、はっきりとした穴は確認されていない。このため東電は、建屋上部にホウ酸粉末50〜60トンを置き、亀裂から内部に浸透させることを提案。自衛隊では命令が出しだい、大型ヘリでホウ酸粉末を載せる方法を検討している。

午後 東京電力 4号機写真公開 写真には屋根のコンクリート部分はなく、骨組みのみになっている。(原子力規制委員会 第2回事故分析検討会資料2−1 東京電力HP動画「福島第一原子力発電所空撮1」より。(撮影時間の記入はない。写真の背景から察して、まだ暗くならない前の=午後=と思われる)「建屋側壁が大破し、核燃料棒交換作業などに使う緑色のクレーンが見える。クレーンの下には燃料プールがあり、ヘリ(注1)に同乗した東電社員は『水面が見えた』と話していたという。(読売新聞3月18日朝刊)

(注1)このヘリコプターは、3号機への放水のため線量確認のため自衛隊が飛ばしたもの。

”15:22”の東電と”午後”の東電の行動には、理解を超えた何かがある。どちらかが間違いであれば、この時点で頭を悩ますことはないのであるが、15:22の時にはすでに4号機の屋根はないと判断していいと思うので、ホウ酸粉末問題はないことになる。それに、この屋根に残っていたコンクリートはどこに消えたのであろうか。16日の朝9時から午後3〜4時の間に無くなった事実はあるものの、そのコンクリート崩落現象を説明するものは一つもない。
 しかし、3月18日読売新聞夕刊に宮崎慶次氏(大阪大学名誉教授=原子力工学)の次の話が載っている。「4号機は水素爆発の後も、水面上に露出した燃料棒の被覆管と水蒸気の反応で、水素が発生し続けているはずだ。火災が断続的に起きている可能性がある。水素が発生するときの反応熱も加わって、温度が一気に上がる。天井が極めて高温に熱せられた状態で、3号機への放水が4号機にもかかったため、急激な温度変化で割れて崩落したのではないか。」しかし、3号機への放水は、翌17日の9時48分から行われたのであって、このときはすでに崩落していたはずである。(当時の状況から考えれば、このように考えてもおかしいことではないかもしれない。4号機の屋根が骨組みだけになっている写真は、17日午前10時55分撮影のデジタルグローブ社のもので一般の人は、3月18日の新聞(夕刊)で知ることができたのであるから。)
 ただし、このことが正しいと仮定しても理解に苦しむことがある。それは、崩落したコンクリートはどこに消えたのかということである。2013年11月18日から始まった4号機燃料プール内に保管されている核燃料体1533体(注2)の取り出しの報道では、このコンクリート片の影響でとり出し作業が難航しているとか、核燃料体に損傷が生じていて作業に危険が伴っていて大変であるということは聞かない。燃料プールの占める面積は当該フロアの15パーセントぐらいあるのではないかと考えると、かなりの量のコンクリート片がプールに落ちたことになる。また、核燃料体を覆う特殊金属の被覆管の損傷も報道されていない。水素爆発を起こすほどの状態に置かれていた核燃料体が、平常時の定期検査並みの方法で輸送キャスクに移動できるとは考えられない。

(注2)もともと核燃料体は総数1535体であったが2012年7月18〜19日にかけて、新燃料体2体(事故当時は204体)を取り出している。なぜ取り出したかは不明。

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