奇跡の4号機か

<奇跡の4号機か>

2011年3月11日の東日本大震災によって、夜の森線No27送電塔が倒壊したために福島第一原発4号機は、全交流電源喪失状態になり、危機的状態に置かれた。 3月15日6時14分、同56分に3号機から漏れた水素ガスによって、4号機建屋は壊滅的打撃を受け、使用済み核燃料プールは大気中に露出した。そこには定期検査中であったため、1,535体の核燃料体(内204体は新燃料)が貯蔵されており、プール水が核燃料体の発する放射性物質の崩壊熱により蒸発し、核燃料体が水から露出し核燃料を覆う管が溶融し、核物質から放出される放射性物質により国土の大半が汚染され、日本は、有史以来最大級の国家的危機に見舞われることになった。
しかし、奇跡的に、その事態は回避された。理由は簡単である。定期検査中であったが、たまたま工事の不手際(*1)が生じ、工事が一時中止状態に置かれていたため、DSP(*2)と原子炉ウェル(*3)に水を張った状態のままに置かれていたからである。

(*1)不手際 今回の検査は特別なものであった。普通は3〜4ヶ月で終了するが、今回はシュラウドという原子炉圧力容器の主要な構造物を交換することになっていた。工期は2010年11月30日から2011年9月24日まで299日間(第24回)を予定していた。このシュラウドを切断する治具の寸法に間違いがあって切断できないことがわかったというのである。このシュラウド交換は福島第一原発3号機で1998年3月に終了(474日間)したのを初めとして、その後福島第一原発2号機、5号機、日本原電敦賀1号機、中国電力島根1号機、福島第一原発1号機と6箇所で交換されている。いずれも計画通りか、工期を短縮して完了している。2010年11月30日から始まったこの4号機の”不手際”は、そのまま信じることはできない。何か裏事情があったのか。
(*2)DSP 機器貯蔵プールという。定期検査中に圧力容器(原子炉)内にある蒸気乾燥機(Dryer)気水分離機(Separater)を保管するためのスペース。シュラウドもここに取り出され小片に切断される。炉内の中身が取り出されると、圧力容器は水が抜かれて再構築される。 (*3)原子炉ウェル 圧力容器の上部に設けられている一種のプール。核燃料取り出し、その他今回のようにシュラウド・炉内構造物をDSピットに取り出すときに水を張った状態で、それらの作業をする。炉内構造物は放射線量が極めて高い値のものであるため、大気中では取り扱えない。

そして、この水が、蒸発して水が減少し危機を招きそうになった使用済み核燃料プールへと、原子炉ウェルからゲート(たまたまこれが水を流出できる状態(*4)になっていた)を通って注入されたのである。このゲートの構造上の性質のために燃料プールにある一定量(DSピットと原子炉ウェルの)の水が流れ込み、核燃料体のプール水からの露出を防ぎ、国家的危機は回避されたのである。

(*4)使用済み核燃料プールのゲート構造 原子炉ウェルと使用済み核燃料プールの間に設置されたゲート(水門)で、幅約1m,高さ約6m。使用済み核燃料体を燃料プールへ移動するときに開かれる。通常は閉じられている。 『このゲートの特徴は燃料プール側の水位が高いときは、水圧によりゲートが原子炉ウェル側へ押し付けられる。反対にウェル側の水位が高いときはゲートがプール側に押され、ゲートとプールの間に隙間ができる。さらに、ゲートは機械的に固定されていない。』(この部分は平成24年(2012年)1月23日東京電力(株)福島第一安定化センター冷却プロジェクト部の「4号機使用済燃料貯蔵プールスキマサージタンク水位低下事象について」から引用した。)

いま(2014年5月)、奇跡の4号機は使用済み核燃料プールから核燃料体を建屋外部の共用プールへ移送している(2013年11月から)。やっと、福島原発事故収束への最初の一歩を踏み出すことになった。 それを機に、私なりに福島第一原発4号機の検証を始めてみた。

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