4号機の屋根喪失

<4号機の屋根喪失>

3月15日

00:02 2号機ベント

06:10 2号機爆発音(原子力・安全保安院)

06:14 4号機音がして一部破損

06:14 かなり大きな音がして急にゼロになった。(たぶん2号機のことであると思う=筆者)

06:56 4号機建屋の上部が破損

07:00 建屋屋根に穴が開いている。破片が下に落ちている。

07:44 (写真届く)4号天井とび横壁の下のほうも飛んでいる。(天井骨組み状態かはわからない。)

余談1にあるように16日にホウ酸末を屋根に置くことを検討していることを考えれば、このときはまだコンクリートが残っていたと考えるべきか?ただ、このホウ酸末についてはこのときの話だけで、以後どうしたのかについてはわからない。

09:38 4号機燃料プール付近で火災発生 この17分後<火災は手に負えない状況> (注)2014年6月12日付け朝日新聞、下村ノートより

この事態に対して、(2号、4号機のどちらの事態を重く見たのかがわからないが、消火を米軍に依頼した状況を考えると、4号機には軍隊が関与しなければ収拾できない何らかの事態が発生していたことがわかる。)

10:01 経済産業省 消火を米軍に依頼

10:59 福島第一原発オフサイトセンタに対し、避難命令を発出。(第二原発、県庁へ分散避難)

11:01 菅首相 半径20〜30Km圏内(13万6千人)屋内退避を求める。 この日、午前7時ごろから福島第一原発正門の放射性物質濃度は急速に増大し始める。9時には12mSv/hを記録する。

12:07 東京電力 4号機の消火活動に、米軍が当たっていると発表。

12:07 東京電力 4号機の消火活動に米軍が当たっていると発表。(朝日新聞)

12:38 東京電力 自衛隊と米軍に消火活動を要請。

13:13 経済産業大臣 東電に対し、原子炉等規制法により福島第一原発 4号機の燃料プールの消火に努めるよう要請。(再臨界の防止に努めること)

13:15 東京電力 4号機の消火活動に米軍が当たっていると発表。(読売新聞) 後日、4号機建屋内の写真が公開されたが、そこには火災(一般的に言う)が起きたと思われる証拠はどこにも見当たらない。 この動きを見ると、4号機の危機的状況になんとしても対処しなければならないということがわかる。しかし、事故当時のメディアの報道では4号機の状態が大きく取り上げられた形跡はない。なぜなのか一つの大きな謎である。  また、以上のようなあわただしい動きを見せたが、特に事態の収束に進展があったとは思われない。翌16日早朝に、経済産業省の西山英彦審議官談話として、『(4号機燃料プールは)確実に沸騰している』と朝日新聞は伝えた。

3月16日

 4号機は再び火災発生。

05:45 建屋火災(2度目) 15日午前6時14分から、今日(16日)午前9時35分の間に、4号機は、あの複雑な破壊を起こしたことになる。しかしこの映像情報、新聞記事情報はまったくないのが特徴である。他号機(2号機は除く)についての情報は、十分とはいえないが検討に値するだけの量は存在している。私の考えでは4号機は複数回にわたって壊れていったはずである。それにもかかわらず目撃情報がないのはミステリーというほかないと思う。1,3号機の状態は爆発映像と、壊れた建屋の状態は普通の人でも”ああ、なるほど”と思うところがある。しかし4号機については、どこで何があったのかを説明することができない複雑な「壊れ方」をしている。

◆09:35

  屋根、痛みは見えるが骨組み状態にはなっていない。「デジタルグローブ社の衛星写真」(読売新聞17日付朝刊写真より) この写真では、 4号機の屋根以外の破損はこの時点でほぼ確定していると思われる。東側の壁面しか見ることができないが、北壁面の屋根部分の破損状況なども、後日東京電力が公表した写真と同じと考えていいと思われる。

写真

◆16:00頃

下記のasahi.comサイトと原子力規制委員会の動画から、屋根のコンクリートが喪失していることがわかる。 

◆サイト名 asahi.com/special/10005/TKY201103170518.html の 「動画」東京電力社員が3月16日午後に撮影した福島第一原子力発電所(3)=東電提供の記事中に「16日午後4時ごろヘリで空から撮影した」と書かれている。

◆午後 原子力規制委員会 第2回事故分析検討会資料2−1 東京電力HP動画「福島第一原子力発電所空撮1」より。(撮影時間の記入はない。写真の背景から察して、まだ暗くならない前の=午後=と思われる)「建屋側壁が大破し、核燃料棒交換作業などに使う緑色のクレーンが見える。クレーンの下には燃料プールがあり、ヘリに同乗した東電社員は『水面が見えた』と話し(注1)ていたという。(読売新聞3月18日朝刊)

(注1)このヘリコプターは、3号機への放水のため建屋上空の放射線量確認のため自衛隊が飛ばしたもの。東電社員の「クレーンの下には燃料プールがある」という話は、2011年4月20日の温度測定データ(防衛省発表の放射温度写真データ)と矛盾する。この写真によると「原子炉ウェル」の上にクレーンの影があり、その部分の温度がウェル温度より低く表示されている。

写真

>すなわち 午前9時35分から午後4時ごろこの時間内に、4号機屋根コンクリートは喪失したことになる。(骨組みとなる) <

ここで問題が発生する。屋根喪失の原因とコンクリートはどこは消えたのかということである。東京電力が2013年11月から使用済み核燃料プールから共用プールへの核燃料取出しを前に発表したプール内の写真を見ると、コンクリート片らしきものはほとんど見られずアレだけの破損をしたとは思われない。10m四方面積のプールに屋根を覆っていたコンクリートがほとんど存在しないということは、強力な爆破力(上方向のみにしかもある一定の範囲のみに力が加わる爆発でなければならない。なぜならばオペフロとクレーン階の北壁を除いた3方向全て柱のみで爆発の圧力は抜けてしまうはずであるから。)で建屋外に吹き飛ばされたか蒸発したかである。ただし、この時間帯に何が起こっていたのかの報道は何もない。もちろん写真などもない。燃料プール内に保管されている核燃料体1533体(注2)の取り出しの報道でも、このコンクリート片の影響でとり出し作業が難航しているとか、核燃料体に損傷が生じていて作業に危険が伴っていて大変であるということは聞かない。また、核燃料体を覆う特殊金属の被覆管の損傷も報道されていないし、水素爆発を起こすほどの状態に置かれていた核燃料体が、平常時の定期検査並みの方法で輸送キャスクに移動できるとは考えられない。

ここで考え付いたのが、福島第一原発構内の放射線量値の変化である。放射線量値が急激に増加するときは1〜4号機の状況に何らかの大きな変化が起こったときである。16日の午前11時半ごろに原発正門での線量値が10mSv/hを超える値となっていることがわかった。これについても何の情報もないが、もし4号機で何か特殊な爆発現象が生じたことになれば、それが原因でコンクリートが喪失したということも考えられるのではないか。これは、あくまでも勝手な推測でしかないが、何とか理由を探したいのである。

情報が隠されたり、改ざんされて発表されたりすると世の中に疑心暗鬼の風潮が蔓延し、よりよい市民生活の安全が犯され世相が悪化し人々の心が壊されていくことになる。

(注2)もともと核燃料体は総数1535体であったが2012年7月18〜19日にかけて、新燃料体2体(事故当時は204体)を取り出している。なぜ取り出したかは不明。

余談1

15:22(16:32?) 東京電力 自衛隊に対し核分裂反応を抑制するホウ酸の粉末を4号機上部から、建屋内にある核燃料棒の貯蔵プール入れることを要請。4号機の建屋上部には亀裂はあるが、はっきりとした穴は確認されていない。このため東電は、建屋上部にホウ酸粉末50〜60トンを置き、亀裂から内部に浸透させることを提案。自衛隊では命令が出しだい、大型ヘリでホウ酸粉末を載せる方法を検討している。 15:22の時にはすでに4号機の屋根はないと判断していいと思うので、ホウ酸粉末問題はないことになる。それに、この屋根に残っていたコンクリートはどこに消えたのであろうか。16日の朝9時から午後3〜4時の間に無くなった事実はあるものの、そのコンクリート崩落現象を説明するものは一つもない。

余談2

3月18日読売新聞夕刊に宮崎慶次氏(大阪大学名誉教授=原子力工学)の次の話が載っている。「4号機は水素爆発の後も、水面上に露出した燃料棒の被覆管と水蒸気の反応で、水素が発生し続けているはずだ。火災が断続的に起きている可能性がある。水素が発生するときの反応熱も加わって、温度が一気に上がる。天井が極めて高温に熱せられた状態で、3号機への放水が4号機にもかかったため、急激な温度変化で割れて崩落したのではないか。」しかし、3号機への放水は、3月16日の翌17日の9時48分から行われたのであって、このときはすでに崩落していたのである。(当時の状況から考えれば、このように考えてもおかしいことではないかもしれない。4号機の屋根が骨組みだけになっている写真は、17日午前10時55分撮影のデジタルグローブ社のもので一般の人は、3月18日の新聞(夕刊)で知ることができたのであるから。)

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