天皇行幸

天皇行幸

天皇行幸(巡幸)

  天皇ーマッカーサー第一回会談(1945年9月27日)後、マッカーサーと天皇による日本占領方針が固まると、戦後の「天皇制確立」のため皇室・政府は『行幸』という政治ショウを大々的に打ち上げた。其の目的は、第一に天皇から軍事的イメージを払拭することであり、第二に戦争と敗戦によって弱まった神話と宗教に基づく「天皇制」を復活させ強化することにあった。

天皇行幸、巡行

1945年11月12日〜15日 伊勢神宮、京都御所、神武稜参拝

1945年12月? 大正天皇稜参拝

1946年

1946年1月1日 国運振興の詔書(いわゆる天皇の人間宣言)(次項)を発表

1月9日から2月13日まで「極東委員会調査団」日本滞在

 (1) 2月19〜20日 神奈川県

 (2) 2月28日 東京都

 (3) 3月1日  東京都

 (4) 3月25日 群馬県

 (5) 3月28日 埼玉県

1946年4月3日 極東委員会「了解事項として、天皇不起訴が合意」

4月10日 第22回衆議院議員選挙

1946年5月3日 極東国際軍事裁判(東京裁判)開始。

 (6) 6月6〜7日 千葉県 行幸演習が行われるなど、規模が拡大される。

 (7) 6月17〜18日 静岡県 この行幸では米軍憲兵が警備に当たった。

1946年6月18日(17日) 極東国際軍事裁判のキーナン主席検事が、ワシントンにて「天皇は裁かず」と発言する。これにより、天皇制についての基本問題は安泰となり、天皇の不安感は一掃された。

 (8) 10月21日〜26日 愛知県、岐阜県

11月3日 日本国憲法公布

 (9) 11月18日〜19日 茨城県

1947年

4月20日 第1回参議院議員選挙

4月25日 第23回衆議院議員選挙

5月3日 日本国憲法施行

 (10) 6月15日 (京都府)兵庫県、大阪府、和歌山県、

 (11) 8月5日〜19日 福島県、宮城県、岩手県、青森県、秋田県、山形県

この行幸から「大衆奉迎」方式がとられる。これは駅前、学校庭など広場を作り、学生や市民を動員し、君が代斉唱、万歳唱和を行う、というもの。

 (12) 9月4日〜8日 栃木県

 (13) 10月7日〜15日 新潟県、長野県、山梨県

1947年10月10日キーナン主席検事は各国の代表検事を招集した席上、天皇と実業界に戦争責任なし」と発言。連合国軍最高司令官(マッカーサー元帥)の意思により、「天皇を訴追しないことに決定した」事を申し合わせた。天皇戦犯論に終止符が打たれる。事実上『天皇制』が確立した。

 (14) 10月23日〜11月2日 福井県、石川県、富山県、(岐阜県)

 (15) 11月26〜12月12日 鳥取県、島根県、山口県、岡山県、広島県

1948年

1月12日 GHQ民生局より、「官僚機構の公費乱用、行幸費用のための課税」を理由に行幸中止命令が出される。

11月12日 極東国際軍事裁判(東京裁判)判決

1949年

 (16) 5月17日〜6月12日 福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県、鹿児島県、宮崎県、大分県

1950年

 (17) 3月12日〜4月1日 香川県、愛媛県、高知県、徳島県

1951年

 (18) 11月11日〜25日 京都府、滋賀県、奈良県、三重県

1952年

6月2日〜5日 伊勢神宮、神武稜に講和条約発効を奉告

7月31日 明治神宮参拝 戦後初めて

10月16日 靖国神社参拝

1975年まで靖国神社8回参拝

以降は省略した。

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