フレッド・ジンネマンのレッド・パージ

フレッド・ジンネマンのレッド・パージ

アメリカ映画界のレッド・パージ =フレッド・ジンネマン自伝から=

 その当時、1951年はマッカーシー時代が最高潮の時で、巨大なプレッシャーと不安感が安定を欠くハリウッド社会にもたらされ、反共主義ヒステリーは、人々が考えることをやめ、感情的になり、とてつもなく誇張された噂の餌食となるまでに達していた。・・・

 撮影所は政治家に屈服した。シンパは上院の委員会に出席せねばならず、そこで共産主義者と思う人の名前を告げなくてはならなかった。もし拒否すれば、非友好的証人とされた。職を失い、彼らの映画はアメリカではどこでも上映されなかった。多くの無実の人々が告発され、人生を破滅させられた。

理事会からの手紙

1950年8月19日

メンバー各位

 1950年8月18日金曜日の特別会合において、理事会は満場一致でアメリカ映画監督ギルドへのメンバー申請者は全員、この日より非共産主義者であるという誓約書に署名し、以下の文章を公証人の前で誓うことという決議を可決しました。

署名者は正式に誓い、証言し、述べる。

 私は共産j党の党員ではないし、そのような政党に関係しておらず、信奉してもいない。私はアメリカ合衆国政府を武力もしくはいかなる非合法、あるいは非憲法的な方法で転覆することを信奉、または教示する、いかなる機関のメンバーでもなく、支持もしていない。
 これは役員、理事会、助監督カウンシル、TVカウンシルが署名したのと同じ制約です。国際映画の観点から理事会はギルド、映画産業、国家にとって全メンバーが同種の誓約書に署名し、同種の宣誓をすることが重要だと信じています。そのために我々のギルドの内規を変更することが必要になります。この手紙の目的は、この問題をメンバーに提起することです。

 同封した投票用紙に署名し、即座に切手を貼った封筒に入れ返送してください。迅速な反応をうることが絶対に必要なのですから。  敬具  理事会

ジンネマンの手紙

 私はかなり遅れて、映画監督ギルドの全メンバーが忠誠の誓いをすることに関する貴殿の8月19日と31日付の手紙を受け取りました。

 私は準備ができており、いつでも忠誠の誓いをするということを通告させてください。ただし、適切な権威と正当な理由でもってそうするように要請されたという条件付で。

 映画監督ギルドは職業上の機関であり、政治機関ではないという印象を持っていました。それゆえ、そのすべての本質と存在理由を変更、もしくは破壊せずに忠誠の誓いを施行することは適切ではないと私は信じています。

 ギルドの理事会と実務委員会は、本質的に一般個人のグループです。そのような個人のグループが同僚の思想、行動を支配し、コントロールするのは許されるべきではないと信じています。いったん第一歩が踏み出されると、そのような行為がどこで止まるか誰にもわかりません。

 最後にそして最も重要なことですが、この条項を通すためにあなた方のとった非民主的なやり方に強く反対します。あなた方は無記名投票の代わりに記名投票を要求した。これはすべての共産主義国家、独裁国家が採用している強制投票のやり方です。この方法であなた方はメンバーのに大多数に投票させようと試み、彼らを脅かすことによってそれに成功した。ロシアとナチ・ドイツにおける”自由”選挙との類似を指摘する必要があるでしょうか。

 思想の自由な表現に対する陰謀は、左からにせよ右からにせよ、関係なく軽蔑すべきことです。投票をジョークにし、いかなる形の誠実な抗議も不可能にします。それゆえ、これはすべての民主的な手続きを否定し、破壊する傾向にあるのです。

 現時点において、われわれの自由はロシアに脅かされています。この脅威に対してわれわれ自身を防衛するために適切な手段を講じなくてはなりません。私の考えでは、自由に対するロシア流の態度を取るのは危機に直面するのに最上の方法ではありません。

 以上述べたことで、アメリカ合衆国の法を守り、忠実な市民として、私には自分の個人的自由を破壊しようと望むいかなる個人のプレッシャー・グループにどのような理由であれ、その自由を放棄する準備ができていないということが、あなた方にも十分明らかになったと事と思います。

 フレッド・ジンネマン

投票結果

 拒否   57名

 賛成  547名 

 反対   14名 であった。

「フレッド・ジンネマン自伝 北島明弘訳 キネマ旬報社」より。
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