松川事件裁判

<松川事件裁判経過>

1949年9月22日第一次検挙者

鈴木 信(29)  国労福島支部委員・分会委員長、7月7日解雇  共産党福島地区委員長(臨時代行)

二宮 豊(28)  国労福島支部委員・宣伝部長、共産党員、7月5日解雇

本田 昇(23)  国労福島支部委員・郡山分会宣伝部長、共産党員、7月5日解雇

阿部市次(25)  国労福島支部書記・共産党員、48年8月24日解雇(職場離脱闘争)

高橋晴雄(25)  国労福島分会委員・共産党員、7月5日解雇

赤間勝美(19)  国労福島分会委員、7月5日解雇

佐藤 一(27)  東芝労連オルグ(中執代理)、共産党員、7月31日東芝解雇

浜崎二雄(20)  東芝松川工場労組青年部員、8月15日解雇

同年10月4日第二次検挙者

杉浦三郎(47)  東芝松川工場工作課長補佐、松川工場労組組合長、共産党員、8月15日解雇

大田省次(33)  東芝松川工場労組副組合長、共産党員、8月15日解雇

佐藤代春(23)  東芝松川工場労組青年部副部長、共産党員、起訴休職、50年2月15日解雇

大内昭三(18)  東芝松川工場労組青年部員、8月15日解雇

小林源三郎(19) 東芝松川工場労組青年部員、起訴休職、50年2月15日解雇

菊池 武(17)  東芝松川工場労組青年部員、8月15日解雇

(注) 東芝松川工場は50年2月21日付で北芝電機株式会社


同年10月17日第三次検挙者

二階堂武夫(24)東芝松川工場労組青年部宣伝部長、共産党員、8月15日解雇

二階堂園子(25)東芝松川工場労組有給書記(在職のまま)、8月15日工場解雇

  同年10月21日第四次検挙者

武田 久(31) 国労福島支部委員長、共産党員、7月21日解雇

斉藤 千(29) 国労福島支部委員・文化部長、共産党員、7月5日解雇

岡田十良松(23) 国労福島支部委員・福島分会書記長、福島地区労書記長、共産党員、7月7日解雇

加藤謙三(19) 国労福島支分会員、福島地区労活動家、共産党員、7月15日解雇

以上20名が検挙され、同年12月1日までに順次起訴された。

<裁判経過>

第一審 1950年12月6日 福島地裁

第二審 1953年12月22日 仙台高裁

最高裁 1959年8月10日 二審判決を破棄し仙台高裁に差し戻し

差し戻し審 1961年8月8日 仙台高裁 全員無罪

最高裁 1963年9月12日 検察による再上告を棄却 全員無罪確定

懲役

----------死刑--無期--15年--13年--12年--10年---7年---3年6月---無罪

第一審-----5-----5-----1------------3-----2------3------1--------0

第二審-----4-----2-----2-----1------------3------4------1--------3

最高裁------------------------------------------------------------全員

この項は「松川裁判から いま何を学ぶか 伊部正之著 岩波書店」から引用した。

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