SWNCC作成過程

SWNCC作成過程

降伏後におけるアメリカの初期対日政策(the United States Initial Post-Surrender Policy for Japan) (作成過程)年表

国務省「極東に関する部局間地域委員会 ブレイクスリー委員長」が政策案作成。

1944年1月    「戦後政策委員会」(PWC the Posto-war Programs Committiee)設立。

国務長官 ハル(同年11月まで。後ステティニアス=1945年6月辞任)

1944年5月4日  「日本に関するアメリカの戦後政策目的」(PWC108b)を発表。

1944年5月9日  「日本ー政治問題ー天皇制」(PWC116bまたはd)を発表。(主に天皇(制)に関係する事項)

1944年12月19日 「国務省・陸・海軍協力委員会」(the state-War-Navy Coordinating Committee)SWNCC設立。第1回会議PWC108b,PWC108dを支持することを決定。

1945年1月5日  「極東小委員会」設立(SWNCCの下部組織として)(注)

1945年4月12日 「United States Initial Post-Defeat Policy Relating to Japan」文書。

1945年6月11日 「SWNCC150」文書発行。

「ポツダム宣言(7月26日)」を受けて、直接軍政を規定する。

1945年8月11日 「SWNCC150/1」間接統治の意味合いを導入。

1945年8月12日 「SWNCC150/2」日本降伏が早まったので、修正案作成を陸軍省へ移動。

(注)陸軍省が対日占領を直接指揮する立場にあった。

1945年8月22日 「SWNCC150/3」陸軍省が修正。天皇を含む日本の統治機構を通じて統治する」。間接統治が明確化される。さらに主要連合国で意見が相違する場合は、アメリカ政府が決定することを明記。

1945年8月29日 SWNCCで承認。「SWNCC150/3」から「SWNCC150/4」に。

1945年9月6日 「SWNCC150/4」トルーマン大統領の承認を得て、マッカーサー元帥に送付。

1945年9月22日 「SWNCC150/4/A」国務省が一般公開する。(日本は24日付)

「最高司令官はアメリカの目的達成を満足に促進する限りに於いては、天皇を含む日本政府機構及諸機関を通じてその権限を行使すべし」。

(注)1945年11月1日に極東小委員会で行なわれた、日本の管理体制に関わる文書をめぐる討議について。 海軍軍政課長のサビン大佐は、文書にある「連合諸国はマッカーサー元帥が連合国軍最高司令官になることを同意した」との表現を「全く正しくない」と批判した。彼は、このような「無制限な」表現は反対を受けるであろうし、何よりも連合諸国が同意したのは「日本の突然の降伏によって生み出された情勢の緊急性にかんがみて、日本軍隊の降伏を受理し、それを達成するという限定された目的のための最高司令官としてマッカーサー元帥を承認する」ということであった、と指摘した。サビンは問題の箇所を、「連合諸国は、マッカーサー元帥が日本軍隊の全面的な降伏を受理し調整し遂行するための連合国軍最高司令官となることに同意した」と修正するよう求めた。

 イギリスやソ連は最高司令官の権限を「継続的な権限ではなく、一時的なもの」と解釈していた。

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